未来の価値 第41話


クロヴィスの居住区や執務室も、豪華絢爛という言葉が当てはまる作りだったが、ユーフェミアの居住区は同じ豪華絢爛でも、女性向けの可愛らしい趣の物で揃えられており、スザクは何て場違いな場所に来てしまったのだろうと、思わず萎縮した。
暫く待っていてくださいと言われ、一人待たされるその部屋の居心地の悪さは、今までの人生でもそうなかった物だった。女子ならきっと喜ぶのだろうが、残念ながらスザクは少女趣味では無い。だが、ここにナナリーがいたらきっと似合うだろうし、案外ルルーシュがいても様になるだろうなと思ってしまう。もしここがあの二人の部屋ならまだ落ち着けそうだが、どちらにせよ、自分は場違いすぎた。
ふと視界に入った鏡に目が止まり、そこに映った自分の姿に苦笑いした。
皇族からの食事の誘いに対し、私服で行かせるのはまずいため、ルルーシュは二人を執務室から送り出す前に、スザクに着替えをさせていた。執務室の奥にある書庫には、緊急時に備え何着かの着替えを置かれていることを、この時初めて知った。
その中でも比較的ゆとりのあるものを選び、スザクに着せたのだ。皇族服ではなく黒のフォーマルスーツに白いシャツとネクタイという無難な選択。靴のサイズも幸い殆ど変わらないため、いくつかあった革靴の中から選んだ。
急ごしらえでどうにか体裁を整えはしたが、ルルーシュは眉を寄せてポツリと一言「・・・スザクに黒のスーツは似合わないな」と言った。ルルーシュからの似合わないという一言は胸にぐさりと刺さり、その後のユーフェミアの「スザク、とても素敵です!」という言葉だけでは癒される事は無かった。
その時はそれだけしか考えなかったのだが。

「・・・既製品の服・・・。これも抜け出す時用なのかな」

特注品ではない、ごく普通の市販のスーツだ。安物ではないが、皇族が着るものではない。改めて考えると、抜け出したときのために用意しているとしか思えなかった。何せ皇族の衣服は靴に至るまですべて一級品。本人が望まなくても、皇族としての体裁があるためルルーシュの物はクロヴィスが用意している。今のルルーシュの生活では、こんなもの着る必要はない。
そんな事を考えていると、ユーフェミアが室内に戻ってきた。

「お待たせしましたスザク!」

明るく笑う彼女はまるで美しく可憐な花のようだった。先程よりも豪華で花のある衣装が彼女の美しさをより引き立たせていた。ふわりと漂う甘い香りに、香水も変えてきたことがわかる。ただ食事をするだけなのに、皇女は大変なんだなと変に感心した。
ユーフェミアが席に着いてすぐに食事が運ばれてきた。
皇族である彼女が招待したのだから当然フルコース。
幼いころ一通り教えられたとはいえ、それは7年も前の話だ。
細かなところは覚えていない。
だからユーフェミアの作法をまねることにした。

「ふふ、スザク、緊張していますね?」
「え?あ、はい。こういう食事は久しぶりなので・・・」

素直にそう答えると、ユーフェミアはそうなんですかと驚いた。

「これ以外の食事と言うと、一緒に街に出た時に食べたクレープのようなものですか?」

ユーフェミアと初めて会ったあの日の公園で、クレープの屋台が出ていたので二人でそれを買い食べたのだ。そう言えば、彼女はどうやって食べるのだろう?という顔をし、スザクが食べるのを真似て口をつけていたなと思いだす。

「そうですね。僕たちは、ああいうものが多いので」

クレープのように手で持って食べるものは結構多いし、食器の扱い方などのマナーがないわけではないが、ナイフとフォークの持ち方から置き方、食事の順番という細かなルールはない。

「そうなんですか?」

食事といえば、今出されているものが普通の世界で生きてきたユーフェミアにとって、この手の話はとても興味深いらしく、好奇心旺盛な彼女は面白いほど食いついてきた。一般人の生活は未知の世界。EUで学生をしていたらしいが、貴族だけが入れる全寮制の女学院で、周りもユーフェミアのような育ちのいいお嬢様しかいないのだから、庶民の生活など知る機会は無かっただろう。
ユーフェミアは夢中になって聞き、質問をする。笑い声が絶えないその食事は、本来の皇族の食事とはかけ離れた騒がしさだったのだろう、それがわかるほど控えている者たちは一様に冷たい視線を向けていた。
下賤な血を引く皇子の友人。
それが高貴なる血を引くユーフェミア様を惑わし、堕落させようとしている。
いつもユーフェミアに振り回されているSP達から見れば、ああ、とうとうあの若者は捕まったのかと同情する場面だが、ユーフェミアの行動を知らない者から見れば、スザクがあの手この手で、それこそあの甘い声と優しげに見える顔で皇女をたぶらかしているようにしか思えないのだ。
警戒と敵意をむき出しにした眼差し。
少女趣味の豪華絢爛な部屋で綺麗に着飾った皇女と二人での食事。
多くの監視の目があるため、言葉遣いにも注意が必要。
話の内容にも、それなりに気を使わなければならない。
着なれない上に似あわないと言われたスーツ。
見た目は綺麗だが、圧倒的に量の少ない食事。
きっとどれも美味しいのだろうが、マナーを気にするあまり、味もよく解らない。
ユーフェミアとの会話は楽しいのだが、この場所は居心地が悪く疲れる。
次は別の場所で気楽に話がしたいなとスザクは心の中で呟いた。

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